Atelier Aquarius

*** たんばささやまにて、新たな生活を始めました ***

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2006.09.11 Monday

祈り

今年もまた、この日がやって来た。
毎年、こわいくらいにすっきりと晴れる9月11日。
やや肌寒いほどの風と、青い空。陽射しはすでに、秋。
今でもまだ、その場所に立てば、無条件にしめつけられる心と、わきあがる涙。

5年が、過ぎようとしている。
あの日、私は、NYにいた。

当時、まだ某旅行社に勤務していた私は、8月後半に夏休みで日本へ一時帰国し、9月4日にNYへ戻ってきた。そして翌日、日本から両親、叔母と従妹がやって来て、マイアミ&キーウェストへ3泊の旅行。10日から職場に復帰し、家族たちはニューヨーク観光。この日、彼らはWTCへと出かけていた。そして翌日の11日、彼らはウッドベリーコモンへバスで買物に行くため、ポートオーソリティバスターミナルへ。バスのチケットを買い、乗り場で並んでいるところで、TVのニュースにくぎ付けにされたそうだ。バスは全面キャンセルになり、チケットを払い戻しして、ターミナルの外に出たら、WTCが真っ黒い煙を吐いていたそうだ。

私はミッドタウンのオフィスのビルにいた。最初の一報は、遅れてやってきた社長がもたらした。『なんか、テロらしいってセキュリティで騒いでるけど、ウソだよねー?!』その直後、日本にいる社員の家族から電話。日本のニュースのウェブサイトで映像を見て愕然。当時、オフィスにはTVのケーブルがなく、ラジオをつけて全員待機となった。刻々と入ってくる、航空会社からの連絡。旅客の安否を気遣う家族からの問い合わせ。今でもスローモーションのように、あの日のあのオフィスの光景が脳裏によみがえる。

うちの家族は、かろうじて私のオフィスに電話をよこした。今後どうなるかまったく予測がつかないので、安全確保のためオフィスへ来てもらった。彼らの顔を見るまでは、生きた心地がしなかったことを覚えている。国際電話と長距離電話がすぐにつながらなくなり、携帯電話もダメになった。かろうじてインターネットとEメールだけがつながり、日本で心配する家族と連絡が取れた。トルコへ演奏旅行中だった妹ともメールで連絡が取れた。

家族を連れての昼食後、一時は全面ストップしていた地下鉄が動き出し、家の遠い人から緊急帰宅となった。当時ジャクソンハイツに住んでいた私は、何人かの同僚と共にNラインに乗り、クィーンズボロで7ライン乗り換えて帰宅。地上のホームで、遠巻きに、初めてWTCのあったあたりを眺めた。父が、ひとこと『もう、ないな』とつぶやいた。彼らは、黒煙を吐いているWTCを見ていたのだった。

家族がオフィスに来るまでの間に、領事館の人たちに声をかけられらそうだ。この後、停電や断水の可能性があるので、懐中電灯や飲み水を確保しておくよう言われたそうだ。幸い、そういった事態にはこの当時は陥らなかったけれど、この日、私は父にTVを買ってもらったのだった。もちろん、ニュースをチェックするためであった。クィーンズは普段と変わらない日常の中にあった。

翌日、家族をクィーンズに足止めし、私は仕事。その後の数日間、アメリカ上空を一機の飛行機も飛ぶことはなかった。そして、何日かして、ダイバート(緊急着陸)していた機体から本来の空港に移動を始め、そろそろ帰国予定の我が家族たちもさんざんの被害をこうむった。一番先に帰国する予定だった叔母は、それでもJALに1日遅れで乗ることが出来た。その2日後の予定だったうちの両親は、ANAで帰国予定日の丸1日空港に缶詰にされた挙句、乗れなかった。従妹は夏休みでもう2週間ほど滞在。でも、正直言ってその後のあれこれはかなり記憶が薄れてしまっている。

翌年、私は激忙の勤務のため、精神のバランスを崩して退職。
そして年末、新しい勤務先でのビザ更新のため、日本に帰国し、半年以上も足止めを食らうハメになる。

そして8月半ば、やっと戻ってきたNYに、またまた遊びに来た両親、今度はブラックアウトに遭遇することになる。

今、こうして思い返せば半分は笑い話になるけれど、『その時』を現場で体験した重さ、というのは私にも、両親にももちろんあって、それは以外とキツイものだったと思う。今でも、私はTVのニュースも見ない。5年が過ぎた今、ウッドサイドの私の住むアパートの頭上を、今日はひっきりなしに飛行機が行き交う。どうやらここは、迂回空路になっているらしく、悪天の時や9月11日は渋滞するらしい。

この5年で、アメリカはどう変わっただろう。
自分は、どう変わっただろう。
20:43 | - | comments(9) | trackbacks(1) | - | - |

コメント

今年の9.11。日本ではTBSが特番をやって、飛行機がこう突っ込んだとか、この階にいた人がこういう行動をとったという再現や、WTCで働いていた日本人女性のインタビューが放送されていました。
遠い日本でそういう番組を見ただけでも、体が震えて、涙が止まりませんでした。
観光でちょっと行ったくらいの私がそんなんだから、きてぃちゃんのように、NY在住の方々の心の痛みは、私なんかが想像できないくらい大きいものでしょうね。
ご両親も大変だったね。
こんなひどい事が2度と起こらない世界になってほしいね、本当に。


2006/09/15 9:46 AM by ごま
当時はバタバタしてて、ただ時間が過ぎて行ってしまい、9・11が自分にとってどんなに重かったか、考える心の余裕もなかったように思います。

日本の皆さんに声を大にして言いたいのは、『アメリカってカッコよくないぞー!以外と嫌われてるぞー!!』ってことかなぁ。(笑)
2006/09/15 12:36 PM by きてぃ。
なんか、きてぃ。さん親子の深いつながりを感じるわ。
おまえを独りにさせないぞ・・・みたいな。。。不思議ね。
「World Trade Center」って映画、見る?もし見たらこそっと教えて。
2006/09/16 8:07 AM by KIYOMI
そっか、そういう見方もあるんですねぇ〜<KIYOMIさん
私はただただ、アンラッキーな両親としか思っていませんでした(笑)

ちなみに映画は見ないと思います。もともと映像ニガテなので(^^;;
2006/09/16 9:26 AM by きてぃ。
そうよ〜。
私は何が辛いかって、、、この話を共有出来る人が身近にいないっていうことかも。
本当に辛かった時、お父さん助けて〜って思っちゃった〜。甘えただと思うけど、もうおかしくなっちゃいそうだったもん。
でも、そういう訳にいかなくて、ものすごい孤独感の中に漂った。
聞いてくれそうな友人を捕まえて、しゃべりまくらせてもらって(無理やり聞かせまくって)どうにか落ち着かせたよ。聞いてくれた友人たちにはほんとに感謝。
今は、少しはまっすぐ受け止めることが出来るようになってきたかな。

それにしても、何なの?あの青空・・・今年は気温は押さえ気味だったけど。。。
2006/09/16 11:50 AM by KIYOMI
毎年必ず晴れる日だから、9・11が決行の日に選ばれたって、どこかで聞いたような気がしますよ。

ちなみにあの日のあの飛行機に、もしかしたら乗っていたかもしれない友人がふたり、いたんです。たまたま私が休みの日に会社に連絡してきて、同僚が手配してくれたんですが、朝の“あの”UAフライトか、午後のコンチが同じ料金で出たんだそうです。ふたりは片方がUA、片方がコンチのマイレージ持ち。でも、朝のフライトは早起きがつらいからってコンチにしたんだそうです。バタバタしてるところに電話がかかってきて、『なんか、今日の飛行機は飛ばないの〜〜?』とのんきな問い。でも、彼女たちが乗っていたらと思うと、今でも背筋が凍る思いがします。今やすでに二人とも日本ですが、どんな思いでこの日を迎えていることでしょう…
2006/09/16 8:55 PM by きてぃ。
色々きてぃ。さんも大変な一日を過ごしたのね。
そして、ご両親がCIAにマークされてない事を祈ります(笑)。

あの、ダンナのお気楽パパは前の週にはじめてWTC登ったんだって。
NYで生まれて育って60数年にして・・。
私はNYのシンボルって言うとエンパイアステイトビルよりWTCだったなあ。

それと、きてぃ。さんがどう変わったか?
確実に5歳は年とったって事よね・・私もかい!(笑)。
2006/09/18 2:43 AM by POP
あれ以来、宗教間の相容れなさをしみじみ思います。
2006/09/18 11:35 AM by ちゅぐ
そうねー。5歳年をとったわ(笑)<POPさん
仕事が変わって、引っ越して、祖母が亡くなったし。
過ぎていく時間の重さを、時折感じる年代になってきたってことかね。

宗教って、人を救うものであって、人を傷つけるものじゃないと思うんだけどねー。<ちゅぐりん

なぜにあの方々はあれほどに血の気が多いんでしょう。そしてアメリカの嫌われ度っていったい??でも住んでるとわかるけどね、なんとなく嫌われる理由って。

WTCの追悼記念式典に、ジュリアーニ元市長とヒラリー上院議員が来ていて、彼ら二人に数年後の大統領選への出馬を前提とした質問が、記者たちからあったと聞きました。もちろん外国人の私には選挙権なんてないけど、やっぱりニューヨーカーはジュリアーニを応援するでしょ!ヒラリーは好きじゃないのよね。ジュリアーニが大統領になったら、少しはアメリカもよくなるのかしら。
2006/09/19 9:48 PM by きてぃ。

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・・・after that(追記)
いつも ここでは何も考えないことにしている。 初めて この場所にカメラを向けてみた。 背中がゾクゾク ・・・・・震える。 やっぱり ここはカメラを持つ場所ではないらしい。   ・・・・・・・・・・5年。 Remembering 9-11(ライブカメラ)
(なんでもありやねん 2006/09/16 6:39 AM)

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